2018年3月14日、みんなのクレジットの貸付先の1つだった株式会社テイクオーバーホールディングス(以下テイクオーバーホールディングス)が、SPC(特別目的会社)を通じて、投資家に対し投資損失相当額を支給することを発表した。
2017年3月にみんなのクレジットが行政処分を受けてから、今回のテイクオーバーホールディングスの発表に至るまでの一連のニュースによって、国内ソーシャルレンディングの課題が浮き彫りになったといえる。
今回はテイクオーバーホールディングスがみんなのクレジット投資家の投資損失相当額を支給することに問題はないのかを考えてみたい。さらに、このニュースを契機にして、ソーシャルレンディングの課題と今後の健全化に向けた方策について、専門家のコメントを交えながら解説する。
目次
今回の発表に至るまでの経緯
発表までに至るまでの主な出来事は以下の通り。
年月 | 主な出来事 |
---|---|
2016年4月 | みんなのクレジットがサービス開始 |
2017年3月 | 関東財務局より1ヶ月間の業務停止命令を受ける (2017年8月には東京都より貸金業法に基づく業務停止処分を受ける) |
2017年7月 | 複数の案件で元本、分配金の返済遅延が発生 (一部の投資家らの直接的回収行動が原因という旨のメールが投資家らに送られる) |
2017年11月 | みんなのクレジットとテイクオーバーホールディングスの間で合計3回の調停が行われるが、みんなのクレジットがこれ以上の調停による話し合いは困難だと判断し、調停を打ち切る (貸付金返還請求訴訟を提起、もしくは債権譲渡の可能性がある旨のメールが投資家らに送られる) |
2018年2月 | 債権回収会社へ約31億円の債権を約1億円で譲渡し、譲渡代金を投資家に分配する旨のメールが投資家らに送られる |
2018年3月14日 | みんなのクレジットの貸付先の1つだったテイクオーバーホールディングスより、同社株主らが設立するSPCが「調整お見舞金」として、みんなのクレジット投資家らに投資損失相当額を支給することが発表される |
2018年3月15日 | みんなのクレジットより、同社はテイクオーバーホールディングスの発表に関して、無関係である旨が発表される |
みんなのクレジットは、2017年3月に関東財務局から業務停止命令を受けたものの、運用中のファンドにおける分配金や償還金は計画通り行うとしていた。
しかし、分配金、償還金の返済遅延が相次いで発生。
返済遅延となった貸付先のテイクオーバーホールディングスとは合計3回の話し合いが行われたものの、テイクオーバーホールディングスが提示した和解案を応諾せず、調停を打ち切り、不調に終わる。
テイクオーバーホールディングスが提示した和解案には、
- 返済期間が72回(6年)の長期に渡る分割返済
- 経過年数に応じて返済金額が大きくなるステップアップ型
- 遅延損害金の支払いはなし
- 長期分割返済となるにあたって、追加の保証や担保の差入れはなし
が含まれていた。
そして、みんなのクレジットはテイクオーバーホールディングスに対して貸付金返還請求訴訟を提起、もしくは債権譲渡の可能性を投資家らに伝えていたが、2018年2月に債権回収会社へ約31億円の債権を約1億円で譲渡し、譲渡代金を投資家らに分配したというのが、今回の発表までの経緯だ。
【より詳しい経緯を知りたい方はこちら】
・【2018年3月更新】みんなのクレジットの状況。債権譲渡による損失確定
テイクオーバーホールディングスとみんなのクレジットの関係性
返済遅延となった貸付先であるテイクオーバーホールディングス(旧:株式会社ブルーウォールジャパン)の現代表である白石伸生氏は、みんなのクレジットの元代表でもある。
みんなのクレジットは株式会社ブルーウォールジャパンの子会社として2015年5月に設立され、株式会社ブルーウォールジャパンとみんなのクレジットの代表を白石伸生氏が兼任。
2017年3月にみんなのクレジットが行政処分を受けるまで白石氏が代表を務め、同年4月末に代表を辞任。阿藤豊氏が新しく代表に就任した。
その後、阿藤氏らがMBO(マネジメント・バイアウト)を実施。株式会社ブルーウォールジャパンから資本的に独立し、現在に至る。
しかしながら、2017年7月末に株式会社ブルーウォールジャパンの取締役に阿藤氏が就任し、2018年2月末に退任するまで、約7ヶ月に渡り、テイクオーバーホールディングスの取締役に就いていたことから、投資損失相当額の支給発表直前まで両社の人的関係は継続していた。
このように、発表直前まで人的関係が存続していたにも関わらず、テイクオーバーホールディングスは今回の発表の中で、みんなのクレジットによる債権譲渡を「大変遺憾」と説明する一方、みんなのクレジットは今回の発表を「全くの無関係」と述べている。
今回の発表で注目される2つのポイント
今回の発表で注目されるポイントは、
- ①:投資損失相当額を支給することは現実的に可能か
- ②:債権回収会社から債務の免除・減額の合意は取れているか
の2つと考えられる。この2つについて、法律と経済合理性という観点から解説する。
第三者が損失補てんをすることは禁止行為に該当するか
金融商品取引法第39条では、金融商品取引業者(以下金商業者)による損失補てんが禁止されている。
証券投資における自己責任原則が蔑ろになり、証券市場の公正な価格形成機能が損なわれることにより、その結果、証券市場における公平性が害され、投資家からの証券市場への信頼性が損なわれるからだ。
今回の件では、金商業者がみんなのクレジットであり、投資損失相当額を支給するテイクオーバーホールディングスの株主らが設立するSPC(特別目的会社)は第三者に該当する。
金融商品取引法第39条第1項第3号は第三者による損失補てんの禁止について以下のように定めている。
(金商業者が)顧客の損失の全部若しくは一部を補てん…するため、当該顧客…に対し、財産上の利益を提供し、又は第三者に提供させる行為
金融商品取引法の上記の定めに鑑みると、みんなのクレジットがテイクオーバーホールディングスを通じて又は直接に当該SPCに対して損失補てんの依頼や指示などを行ったという事実があれば、禁止行為に該当する可能性がある。
他方で、みんなのクレジットが何ら関与していなければ、テイクオーバーホールディングスの株主らが設立するSPCが投資損失相当額の支給を行うことは適法といえる。
今回の発表において、テイクオーバーホールディングス及びみんなのクレジットは連携を否定するような説明をしており、特にみんなのクレジットは「全くの無関係」と説明していることから、現在公表されている情報からみんなのクレジットの依頼や指示などを直接確認することはできない。
しかしながら、上記のとおり今回の発表に至る直前まで、みんなのクレジット代表取締役である阿藤氏がテイクオーバーホールディングスの取締役を兼務していたことに加えて、下記で検討する経済合理性という観点からは、みんなのクレジットの何らかの関与があったと認定される可能性はあるといえるだろう。
もちろん、SPCによる投資損失相当額の支給が行われれば、みんなのクレジットに投資を行った投資家の損失は回復されることになる。
ただこのような行為が続けば、自己責任原則が蔑ろになり、損失補てんが禁止されている趣旨である、証券市場全体の公正な価格形成機能が損なわれていく可能性もあるため、ソーシャルレンディング業界及びソーシャルレンディングに投資を行う投資家全体にとっては、デメリットと考えられるだろう。
テイクオーバーホールディングスの経済合理性
テイクオーバーホールディングスは和解案として長期に渡る分割返済を提案し、みんなのクレジットと調停の場で話し合いが行われていたが、調停はみんなのクレジット側から打ち切られた。
投資損失相当額を支給するだけの金額を保有しているのであれば、長期に渡る分割返済ではなく、みんなのクレジットへの全額返済も可能であったのではないかと推測できる。
また、すでに債権回収会社へ債権譲渡はされているものの、もしテイクオーバーホールディングスが現在の債権回収会社から債務の免除・減額の合意を取り付けていない場合は、今回のSPCを通じた投資家への投資損失相当額の支給と、現在の債権者である債権回収会社への返済分の二重支払いとなる可能性もある。
テイクオーバーホールディングスが損失補てんを行う理由は何だろうか。
二重支払いをしてでも、投資家から信頼回復をしたい、またみんなのクレジットを利用して投資家から資金調達をしたいと考えている可能性もあるが、発表の中でみんなのクレジットの行為に対して「大変遺憾」としていることからすると、このような可能性は考えにくく、経済合理性という観点からは疑問が残る発表内容といえるだろう。
今回の発表から見たソーシャルレンディングの課題
今回の一件から、ソーシャルレンディングの課題が浮き彫りになったといえる。
匿名化と分別管理
ソーシャルレンディングは、金融商品取引業と貸金業の2つの法律にまたがって運営されている。(グループ会社間貸付による運営など一部例外あり)
現在のソーシャルレンディングは貸金業の趣旨に鑑みて、借り手企業の匿名化が行われ、投資判断にかかる情報開示が十分でないという意見がある。
案件募集時に貸付先の情報が十分に開示されていれば、グループ会社への貸付であったことや担保価値を詳細に把握した上での投資が可能であったとも考えられる。
この匿名化の問題について、ソーシャルレンディング・クラウドファンディングの分野に詳しいTMI総合法律事務所の成本治男弁護士は以下のように述べる。
匿名化については、貸金業法の趣旨を踏まえたものといわれるが、法的な根拠がはっきりしていない。さまざまなところで議論されているが、法的な理解としては、匿名化の措置は過大な規制ではないかと考えている。
匿名化の問題は、一般的には匿名化を施さなければ投資家に対して直接貸金業法が適用される可能性がある、という問題意識に基づくものであると言われている。
しかし、貸金業法は強い貸主と弱い借主という構造を前提に借主保護を立法趣旨としているが、ソーシャルレンディングの投資家は貸金業のプロではない個人投資家が多く、また、金利等の貸付条件も投資家が決定するわけではないため、必ずしも貸金業によって規制すべき「強い貸主」に該当しないとも考えられる。
さらに、クラウドファンディングの魅力の1つである「共感投資」ということが匿名化によって妨げられている面もあるといえ、投資家のみならず資金需要者にとってもデメリットとなっている面もある。
そこで、二種業協会や業界団体が、情報開示に関する自主規制ルールを策定したり、例えば、借り主の同意がある場合には匿名化の規制を不要とするといった基準を示すことで、当局、各事業者、業界団体の三者が一体となって、よりよい方策を実現していくことが望ましい。
また、今回の件において金商業者は倒産していないものの、匿名組合出資持分を利用したソーシャルレンディングでは借主の貸し倒れリスクと併せて事業者(営業者)及び金商業者の倒産リスクも投資家が背負っている。
仮に事業者や金商業者が倒産すれば、事業者や金商業者に預けている資金も毀損する可能性があるのだ。
事業者・金商業者の倒産リスクについて、成本弁護士は以下のように述べる。
ソーシャルレンディングにおける分別管理では、資金需要者の信用リスクだけでなく、事業者や金商業者の信用リスクも投資家が負う状態になっている。
なぜなら、投資家の出資金などは事業者や金商業者のもとで分別管理されているとしても、この分別管理はあくまで銀行預金であるため、倒産隔離が図られていないのが通常であるためだ。
こうした分別管理によって解消されていない事業者や金商業者の信用リスクを投資家がどこまで認識しているかという問題もある。
緊急避難的な対応としては、事業者や金商業者が出資金などを自己信託することも考えられるが、現在では損失補てん特約が必須であるがゆえに普及していない信託による分別管理を法改正により利用しやすくするなど、ソーシャルレンディング業界の健全な発展のためにもこの点は課題であると考えている。
さらにもっと大きな視点からみると、匿名組合出資持分のスキームを利用したソーシャルレンディングは複雑な形になっている。英国のように、直接的なソーシャルレンディングのスキームが認められるよう貸金業法等の法改正も検討すべきではないかと根本的には思っている。
これらの問題の解決はソーシャルレンディング業界が健全に発展していく上での課題となるだろう。
どのような形で日本のソーシャルレンディング業界を健全化していくか、海外の事例を以下に挙げて解説する。
ソーシャルレンディング業界の健全化について
すでに海外のソーシャルレンディング(P2Pレンディング)では、この問題に関わる法律を整備している国もあり、市場は成長を遂げている。
成本弁護士が述べた英国はソーシャルレンディング(P2Pレンディング)に関わる法律をいち早く施行し、市場を大きく発展させている。
英国のソーシャルレンディング(P2Pレンディング)の規制事例
日本銀行金融研究所企画役補佐の左光敦氏がまとめる英国の事例では、情報開示や分別管理の規制として、「COBSにおけるP2Pレンディング業者の情報提供に関する規制」、「CASSにおけるP2Pレンディング業者の顧客資産に係る規制」の一部が紹介されている。※1(p.130、131を参照)
COBSにおけるP2Pレンディング業者の情報提供に関する規制
融資契約の特徴およびリスクについて貸手に説明するために、運営業者が提供すべき情報として、以下の事項を挙げている。
(1)予想デフォルト率および実際のデフォルト率
(2)予想デフォルト率の算出の際に使用した想定の概要
(3)運営業者が実施する、借手の審査方法、審査基準
(4)運営業者が実施する、借手の信用力の評価方法の詳細
(5)担保、保証の有無とその内容
(6)手数料、デフォルト率、税金を考慮に入れた場合の実際のリターンについての公正な説明
(7)融資契約から生じる利子所得に対する税額の計算方法の説明
(8)延滞債権、デフォルト債権の取扱いについての運営業者の手続きの説明
(9)融資契約が満期を迎える前に、貸手が融資した資金の返戻を求める場合に、貸手が取りうる手続き
(10)運営業者の倒産時の取扱いに関する説明(金融サービス補償制度43 の対象にならないことを含む)
CASSにおけるP2Pレンディング業者の顧客資産に係る規制
P2Pレンディング業者が関係する CASS の主な規定を概観すると、
業者は、毎年、規程上、顧客資産の規模に応じて3つの類型のいずれかに属し、大・中規模業者は、毎月、顧客資産をFCAに報告する必要がある。
業者は、顧客資産を銀行等に預託しなければならない。
業者は、顧客資産がどの顧客のものか区別できるように、記録をしなければならない。
業者は、顧客資産の管理のため、銀行に口座を開設する際には、口座の資金が業者の顧客のものであり、業者の負債を口座の資金により清算できないことについて、銀行の承諾を得なければならない。
業者または業者が顧客資産を預託している銀行が倒産した場合に、顧客資産を取り扱う際の手続きを定めなければならない。
業者は、倒産時に備えて、顧客資産の預託先、顧客資産の預託に関する合意事項、顧客資産の管理責任者等を記載した資料(CASS Resolution Pack)を用意しなければならない
また法律による規制だけでなく、P2PFA(Peer-to-Peer Finance Association)協会による自主規制のルールも存在し、法律だけで規制できていない部分をフォローしている。
英国のようにソーシャルレンディング(P2Pレンディング)事業者向けの法律を整備することは、市場の健全化を進める重要な一歩といえるだろう。
※より詳しい内容を知りたい場合は、本レポート並びFCA Handbookを参考。※2
まとめ
2017年3月にみんなのクレジットが行政処分を受けてから約1年。今回のニュースはソーシャルレンディング業界に大きな影響を与えているといえる。
匿名化や分別管理といった課題にどう向き合いながら、ソーシャルレンディングは発展していくのか。今後の動向に注目したい。